ゆきだるまあそび
こうのとり小学校に雪が積もると、午前の2時間は「ゆきあそび」の時間に変わる。
2018年になって3回目に学校に行く日の朝。こうのとり町では20cmの積雪が観測され、登校するこどもたちは色めき立っていた。
いつもより早く集まった1年1組の児童は、「ゆきだるまづくり」をみんなですることに決めた。ひとりが1つの雪玉をつくり、友達とくっつけて一つの雪だるまをつくるというものだった。
朝礼が終わると、先生の号令とともに児童たちは校庭へ駆け出した。
1組のAくんはゆきだまの早い作り方を知っていた。手のひらサイズにゆきだまを丸め、地面でころがすのである。みんなより早くゆきだまを大きくしたAくんは、まわりの生徒に持て囃された。
「Aくん、すごいね!どうやってそんなに大きくつくれるの?」
「Aくんのやりかた、ぼくもやってみよう!」
「わたし、Aくんとゆきだるまつくりたいなあ」
Aくんは得意げになって自分のゆきだまを眺めた。もっと大きくして、一番すごいゆきだるまをつくろう。
引き続きゆきだまを順調にころがしていたA君は、「どかんやま」のふもとで突然バランスを崩してしまった。普段ならそこには小さな土管があるのが見えるはずだったが、雪が積もっていたせいで隠れていたのである。
ゆきだまは、土管の角にあたって崩れてしまった。
「あ、Aくんのゆきだまが崩れちゃった!」
「一番大きかったのになあ、ざんねんだ」
(Aくんとゆきだるま作りたかったなあ)
そんな声が聞こえたが、Aくんは大丈夫、初めからまたつくるよ、すぐ追いつけるから、と言ってゆきだまづくりを再開した。
ともだちのつくるゆきだまは形が不恰好で、あれくらいならすぐ追い越せる、と自分に言い聞かせた。
2つ目のゆきだまがなんとかまわりと同じ程度になった時、Aくんは異変に気付いた。ゆきだまが、地面の土をくっつけて汚れてしまっていたのである。
「Aくーん、ゆきだまできた?」
(もうみんなゆきだるまつくってるよ)
(Aくん、おそいね)
聞こえて来た声にAくんはちょっと言葉に詰まりながら、ちょっとうまくいかなかったんだ、もっと綺麗なの作るよ、と言ってそのゆきだまを崩した。
Aくんは三たびゆきだまをころがし始めたが、地面の雪は日光をうけて融け始め、大きなゆきだまをつくると土がついてしまう。
納得がいかないAくんはひとつ、またひとつとゆきだまを崩していった。
(Aくん、まだ?)
(もうゆきだるま見せ合ってるんだけど)
(Aくんだけだよ、集まってないの)
(もうあきらめたら?)
(もうきれいなのできないんでしょ?)
次から次へと声が聞こえてきた。Aくんは声から逃げるように校舎の陰に逃げ込んだ。
そこには、日光があたらず児童がこなかったため誰も足を踏み入れていない、まっさらな雪場があった。Aくんはゆきだまづくりをまた始めた。
ここなら、声も聞こえない。きれいなゆきだまがつくれる。大丈夫、大丈夫。ぼくならやれる。今から一番きれいなのをつくってみせてやろう。ここが自分の場所、ちゃんとゆきだまをつくれる場所がぼくにはひつようだったんだ、かたちもきれいだし、どろもつかない。ここなら…
キーン コーン カーン コーン
…………………
Aくんは立ち尽くしたまま、視線の端で校庭を見た。
児童が渋々教室に帰っていくのがみえる。2時間も遊びつくし、疲れた子もいる。
目の前にはゆきだま。またできなかった。声が聞こえる。
(Aくん、どこいってたの)
(もう終わってるよ、ゆきだるま)
(こんなに時間たったのにけっきょくできてないじゃん)
(さいしょはよかったのになあ)
(Aくん、ざんねんだね)
Aくんは無表情のままゆきだまを校舎の壁に投げつけようとした。しかし腕は振り下ろされなかった。
これまでのゆきだまは友達であり、コミュニティであり、それを捨てた先の新たな友達であった。
だから、崩してきた。新しい、まっさらなものなら失敗しても気にならない。
みんなのゆきだまは不恰好だった。溜まりに溜まった泥。が積み上げたものの大きさ。
Aくんの手に握られたきれいなゆきだまが融け、授業開始のチャイムが鳴る。
そのゆきだまはAくん自身だった。