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【まい投2020-68日目】好奇心が焦燥感を連れてくる

日の終わりに焦燥感がやってくる。あれをやりたかったのに出来てないなと考え出して、今やらなきゃとなる。
結構充実した日の夜でも、ふとやることがなくなった瞬間に「そういえば積んでた本があったな」と普段なら歯牙にもかけないことに意識がいく。試験の前夜に部屋を片付け始めるのと似た心理状態である。

験前夜の勉強からの逃げは、心理学上の言葉で「セルフ・ハンディキャッピング」と説明されている。逃げることで心理的に楽になろうとする防衛機制の一つだ。
試験前の片づけが起こるのは勉強に取り組む前で、いざやり始めると結構続くものである。
勉強をやり始めたとき、自分の意識は手元にあるそのタスクにむいている。ひとたび手元の道具から目が離れると、遠景にピントを合わせることになる。だからやる前とか集中が途切れたときは、タスクをしている間は遠景の内に在ったモノ、つまり漫画とか、散らかった本棚とか、スマホとかに目が行くのである。

れは好奇心が働く格好の条件だ。

見る欲求である好奇心は、「距離をなくしたい欲」ということになる。 視界にとらえた物体Aにピントを合わせ、「バケツか」という一定の理解をしたところでAにこれ以上近づけなくなると、もはやAから欲を満たせなくなって、急激に興味を失う。そして次に焦点にとらえた物体Bに強くひきつけられる。 そうしてA→B→C・・・と目移りする。目移りは、Aがつまんないから仕方なしに、ではなく「距離を取り去りたい欲から来る衝動が視界に入ったものにとにかく向かわせる」イメージのほうが近い。 好奇心に囚われる限り、これを無限に繰り返すのである。

【まい投2020-39日目】無限の好奇心 - ColumPus

好奇心に駆られ始めると、飽きたり疲れたり、やるべきだったタスクが意識に戻ってくるまで、つぎつぎと新たなタスクを見つけることになる。勉強が意識に戻った時、公開とより強い焦燥感に駆られる。いろんなものに駆られまくるなかで、自分を自分でコントロールできない状態に陥っている。

日の終わりにやってくる焦燥感は「あれをやらなきゃな」の「あれ」にピントが合うことでもたらされる、と考えれば、「あれ」を発見する好奇心が焦燥感を連れてくるのだとわかる。
手元にある道具にピントが合いつづけた状態なら、好奇心は卓越しない。「何しようかな」の時間をなくし、決めたことをやって決めた時間に寝る。時間が余った場合にやることを事前に決める。
好奇心がストレスにつながるくらいなら、まして焦燥感から自己肯定感を失うくらいなら、生活から新奇なことを限定して穏やかに生きる方が幸せになれそうに思える。
何か新しいことをしなくてもちゃんと1日は終わってくれるから安心していい。f:id:crowingspear:20201016003644j:plain