6日目 許せないマン
〇〇許せないマン。
主義だとか価値観という仰々しい言葉を使わないまでも、行動選択について(絶対というほどでもない)こだわりを表すときに僕はこの言葉を使います。
誤解を避けるために行っておくと、「許せない」というのは「自分の行動として表したくない」ということであり、他人の相違する意志については赦します。なじみ深いところで例を挙げると、「あんぱんの餡はつぶあんじゃないと許せないマン」です。こんな感じのこだわりは誰しも一つは持っているのではないでしょうか。
ここで「開封した菓子パンを包装紙の上に置くの許せないマン」の友達とした話について紹介します。
彼は「開封した菓子パンを包装紙の上に置くの許せないマン」であると同時に「開封後食べかけたパンを袋に戻す」ことは許容できるとのこと。
反対の考えでありながら、話を聞いていて僕は興味深いと思いました。
彼は「袋の外側と内側にはっきりと別の意味を見出している」という点で僕にない視点を持っていたのです。丁寧に物事をこなすのが得意な証左になっているなとも感じました。単に「潔癖症だな」で片づけていた人たちへの見方が変わりました。
他人の持つ「やや強めのこだわり」を知ることは、自分にない見地を発見して、同調するまではいかなくとも、偏見を取り除くきっかけになります。気の置けない人と話すぶんには話自体も盛り上がりやすく、おすすめです。異なる意見のぶつけ合いをするわけですから、相手の意見を尊重することは忘れないようにしましょう。
ちなみに僕は「犬や猫の動画に人間のセリフを当てるとき、ワンやニャンとつけるの許せないマン」でもあります。
「犬や猫に人間の言葉をしゃべらせるなら、人間のしゃべり方をさせろよ」と突っ込みが入ってしまうのです。
人間はワンとかニャンみたいな語尾をつけてしゃべらないですし、全くおかしな話d・・・
どうやら、また新たな視点を得てしまったようです。