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ColumbusのたまごColumnブログ

【 #ライターバトル3on3 】〜サイバー・シャークの個性〜

 

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本記事は「遊戯王ブログナビ」主催の「ライターバトル3 on 3」の企画記事です。

 

僕の所属している「チームぴーまん」からはターンUさん、かもめ先生さんが参加してます!

 ターンUさんの記事はこちらから!

ygo-blognavi.com

 かもめ先生さんの記事はこちらから!

www.kamome-club.com

 

 

 

「ブログナビのいいね」がポイントになるので、面白かったら応援をお願いします🙇‍♂️

詳しいルールは遊戯王ブログナビ内特設ページをご覧ください。他チームの記事も読めます!

ブログのチーム戦イベント『第1回ライターバトル3on3』開催中! | 遊戯王ブログナビ

 

 

今回は「デッキを組むときの頭の中」をイメージして書いてみました。お楽しみください🙏

 

 

 

 

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コンコンコン・・・

 

 

「お入りください」

 

 

🦈「失礼いたします。わたくしはEXP第2大学の《サイバー・シャーク》と申します。よろしくお願い申し上げます」

 

 

👨‍💼「本日は遠いところから、弊社『(株)構築建材 マリンエンジニアリング』へ御足労いただきありがとうございます。こちらこそよろしくお願いしますね。早速ではございますが、改めて詳しい自己紹介をお願いします」

 

 

🦈「はい。改めまして、わたくしはサイバー・シャークと申します。

レベル5・水属性・魚族の効果モンスターで、攻撃力2200、守備力は2100です。『自分フィールドに水属性モンスターが存在する場合、リリースなしで召喚できる』という効果を持っています」

 

 

👨‍💼「ありがとうございます。次に自己PRに移ります。

弊社の形式は少し変わっておりまして、《サイバー・シャーク》さんご自身を採用したデッキとともにさらに詳しく自己紹介していただきます。

前回ご案内申し上げたかとは思いますが、ご用意のほどはいかがですか?」

 

 

🦈「用意してまいりました。では自己PRをいたします。こちらのサンプルレシピをご覧ください」

 

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🦈「永続魔法を《海皇龍 ポセイドラ》で回収する動きに、わたくしを組み込んだデッキです。」

《海皇龍 ポセイドラ》

自分フィールド上のレベル3以下の水属性モンスター3体をリリースして発動できる。このカードを手札または墓地から特殊召喚する。この効果で特殊召喚に成功した時、フィールド上の魔法・罠カードを全て持ち主の手札に戻す。

 

🦈「《氷結界の晶壁》《魔術師の再演》《星遺物の守護竜》がそれぞれ、墓地の下級水属性を特殊召喚できます。それらをポセイドラで回収して毎ターン展開する動きにレベル5のわたくしを合わせることで、高レベルシンクロモンスターに繋げる利点を生み出す、というコンセプトです。」

 

🦈「同じく永続魔法である《白の救済》を一連の動きに合わせることで、墓地のわたくしを毎ターン回収できるようになります。このサポートを受けるには魚族である必要があるので、この点はわたくしの個性・・・だと思っております」

 

🦈「利点となるシンクロモンスターの最たる例は《深海姫プリマドーナ》です。《クリスタル・ガール》でわたくしやポセイドラへアクセスする、《氷結界の随身》の再利用が狙うなどしつつ、さらなる高レベルシンクロモンスターに繋げられます。

さらに水属性×2リンクの《海晶乙女コーラルアネモネ》で蘇生できるので、先ほどの動きに複数回参加できます」

 

🦈「加えて、わたくしの効果であるリリースなしで召喚できる点を活かせる《帝王の轟毅》は永続魔法を手札に戻せるデッキエンジンと相性がよく、ブラフとして伏せれば、あえてわたくしをフィールドに残す動きが相手への牽制になります」

 

🦈「さらに属性変更の墓地効果を、永続魔法によるモンスター展開に合わせることで、《魔王龍ベエルゼ》や《セイクリッド・プレアデス》などの属性縛りEXモンスターに繋げられるお遊び要素も盛り込みました。デッキ紹介と自己PRを終わります」

 

👨‍💼「ありがとうございます。今の自己紹介の他に、ご自身のPRポイントがございましたら教えてください」

 

🦈「はい。わたくしは『サイバー』と『シャーク』という、アニメキャラが使った2テーマを名前に冠しております。つまり、今後の新規カード次第でこれらの2テーマに跨がって活躍できるという将来性があるということです。

昨今の遊戯王の過去テーマ強化を見ておりますと、『シャーク』版『サイバー』版の《増援》や《ヒーロー・アライブ》のようなカードが来る可能性は非常に高いです。

類似カードは数多くあれど、その個性は誰にも負けないと自負しております。」

 

 

👨‍💼「ありがとうございました。何点か質問いたしますね。答えにくければお答えにならなくても結構です。」

 

 

👨‍💼「まずは・・・先ほどのデッキですが、あなた自身を採用された理由を教えてください。」

 

 

🦈「はい。先ほども申し上げました通り、《白の救済》によって《海皇龍ポセイドラのループと同じ周期で手札に戻せるモンスターという個性が、わたくしを採用した理由です。」

 

 

👨‍💼「一般的にエクシーズ素材としての印象が強い《サイバー・シャーク》さんですが、こちらでは《白の救済》のサポートを受けられる点が、あなたの個性であるということですか?」

 

 

🦈「はい。」

 

 

👨‍💼「確かに魚族である点は、先日面接を受けに来られた、よりステータスの高い《機海竜プレシオン》さん等の類似カードにはない《サイバー・シャーク》さんの強みですね」

《機海竜プレシオン》

水属性・機械族・効果

攻2300/守1800

自分フィールド上に海竜族モンスターが存在する場合、このカードはリリースなしで召喚できる。1ターンに1度、自分フィールド上の水属性モンスター1体をリリースする事で、相手フィールド上に表側表示で存在するカード1枚を選択して破壊する。

 

🦈「あ、ありがとうございます!」

 

 

👨‍💼「ですが、その強みを活かせる機会が1回のデュエルで何回訪れるでしょうか。その強みは、《白の救済》が引けている時しか活かせないですよね」

 

 

🦈「アッ・・・はい」

 

 

👨‍💼「先ほどのデッキには《海皇龍ポセイドラ》のほかに《氷結界の霜精》も採用されていますね。《氷結界の晶壁》でそちらを蘇生した場合、《白の救済》を引けていないならあなたの個性は消えてしまいます。」

 

 

👨‍💼「さらに《帝王の轟毅》という点では、アドバンス召喚のディスアドを回復できる《氷結界の虎将 ウェイン》も採用されてますね。召喚権を使用した後などで《サイバー・シャーク》さんご自身が腐るリスクを考えた時に、特殊召喚効果を持った《ウェイン》で枠を抑えておかない理由はありますでしょうか」

 

👨‍💼「加えて、サイバーとシャークの新規カードが来たとして、そのような機会であれば、あなたのさらなる上位互換カードが出ても不思議じゃないと思うのですが」

 

 

🦈「あ、あの・・・。」

 

 

 

 

👨‍💼「効果や属性・種族を活かしたコンボや相性のいいカードから、あなたが活躍できる場面は伝わりました。自分自身の強みを知る、という意味では十分な説明だったと思います。

ですが、それはエントリーシートのテキスト説明を読めばわかることです。」

 

 

🦈「すみません・・・

 

👨‍💼「そういった強みはもちろんあなたの個性の一部ではあるのですが、採用する私としては、あなたの弱みも含めて知りたいと思っています」

 

👨‍💼「それに、効果やステータスの良し悪しが状況次第でひっくり返るのは、《サイバー・シャーク》でデッキを考えてくれた貴方なら理解されているかと思います。

マインドクラッシュ》で宣言されたなら、どんなカードであってもその瞬間はすべての下位互換ですし」

 

 

🦈「なるほど・・・。」

 

 

👨‍💼「あなたの体験に紐づいたデッキと、「《サイバー・シャーク》」でなければならない理由。そしてそれは、性能の良し悪しである必要はないのです。」

 

🦈「と、いいますと・・・?」

 

👨‍💼「たとえば『《サイバー・シャーク》が俺のお気に入りのカードだ、小さい頃から使っていて、初めて兄に勝ったときのフィニッシャーがこいつだった。だから活躍させてあげたい』みたいな個人的な理由でも、あなたにとっては強烈な個性になりますよね。」

 

 

🦈「はい、なるほど。」

 

👨‍💼「極端な話ですが、高いスキルを持つ技術者が事故で片足を失ったとして私たちは即解雇しないですし、

家事スキルの高いハウスキーピングの有資格だからといって、あなたのお家の人と入れ替えられるわけないですよね。

サイバー・シャークさんが手札で腐った時にでさえ、あなた自身が楽しくデュエル出来るデッキ構築ができたら、

誰かの下位互換であったとしても卑下せず人生を楽しむヒントが得られると思いますよ。」

 

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「あの面接官、しゃべりすぎでは?」

 

 

 

「そんなこと考えてデッキ組む人いないでしょ」

 

 

「だからいつまでたってもデッキ構築が進まないんだよなあ〜」

 

 

 

糸冬

 

 

 

 

 

 

 

 

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「それはどうかな」に見るDTU学

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それはどうかな?は時間認識のズレ

遊戯王アニメにおいて、代々逆転のきっかけになってきたセリフで、ここからデュエルが一転攻勢になり、処刑BGMが流れること請負いである。

実際のセリフ回しでは「そいつはどうかな」「そりゃどうかねぇ」など様々に活用されているが、意味合いは同じである。また、「それはどうかな?」を伴わない一転攻勢のきっかけとなるセリフも、ここではそれに含める。

「それはどうかな?」を僕なりに解釈すると、

「それ」とは、「相手が勝つと思ったタイミング」であり、 「どうかな?」と言う裏には「そのタイミングでは勝たせない」という強い意志が隠れている。

だから「それはどうかな?」は「お前が勝つと思っていたタイミングでは勝たせないぞ」という意味で、より勝ちが確定的な時は「お前が思っていた勝ちとは違うタイミングで俺は勝つぞ」という宣言、と僕は思っている。

要は、「相手と自分の時間認識をズラすこと」。

遊戯王」の「時間に関する話」なので、遊戯王AdventCalendar2020の僕の記事で紹介した「DTU」で説明してみたい。

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DTUの例(決闘者統一理論より)

決闘時間単位とは、遊戯王OCGに関係する時間単位のことである。 英語にするとDuel Time Unitだが、長いのでDTUと書くことにする。 普通の時間単位は1秒・1分・1時間だが、決闘に関するものさしだから決闘のワードで表すほうがわかりやすい。

【遊戯王Advent Calendar 22日目】決闘者統一理論 - ColumPus

このDTUを用いて表現しなおせば「それはどうかな」は「相手と違うDTUで勝ちに持ち込むときの常套句」である。

実際のアニメを手引きに、それはどうかな?のDTU的解釈について考えてみよう。

敵のDTU vs それはどうかな?のDTU

素良vs黒咲(遊戯王ARC-V 34話より)

自分の場のカードをすべて失い、手札なしの状況でデスティニードローをした≪魔玩具融合≫で攻撃力2800の≪デストーイ・マッド・キマイラ≫を召喚した素良は、その攻撃で≪RR-ブレイズ・ファルコン≫を奪い、黒咲を絶体絶命に追い込む。

素良「せめて最後は自分のモンスターの手にかかって終わらせてあげるよ」


素良「ブレイズ・ファルコンの直接攻撃で1000ポイントのダメージを与えれば、残りライフ400の君は・・・」

黒咲「笑止」

素良「なに?」

素良の一手に対して、黒咲は先回りして≪RUM-レヴォリューション・フォース≫を伏せていた。

相手より一枚上手のDTUを想定し、素良の勝ちのタイミングをずらしにかかったのだ。

攻撃力2000の≪RR-レヴォリューション・ファルコン≫を目の当たりにし、いまだに勝ちの揺らぎを認めない素良に対して、 黒咲は「果たしてそうかな?」で素良に決定的敗北を突き付けたのである。

このデュエル、別の見方でも黒咲のDTUが素良より優れていることがわかる。

素良はこのデュエルを「X次元の残党を狩るただのいちハンティングゲーム」と捉えていたのに対し、黒咲は「故郷を狩られ続けた積年の恨み」を持って素良に対峙していた。

DTU=1デュエル vs DTU = 1年(以上) である。

「味方が奪われたこと」を黒咲が想定できたのも、DTUが長い、ということで納得である。

ベクターvs遊馬&アストラル

数か月にわたるスパイ工作により遊馬とアストラルを追い詰めたベクター。次の自分ターンで決まりという状況で、遊馬とアストラルは新たなZEXALにエクシーズ・チェンジする。

ベクター「何!?新たなゼアルだと!?」

ベクター「だが、今更進化しても遅いんだよ!」

ZEXAL「それはどうかな?」

ベクター「何!?」

ZEXAL「重なった熱き思いが、世界を!希望の世界に再構築する! Re-Contract Universe!」

奇跡の光が闇を払い、ベクターの渡した≪RUM-リミテッド・バリアンズ・フォース≫は真の姿≪RUM-ヌメロン・フォース≫になった。

ベクターにしてみれば数か月の努力を一瞬で粉微塵にされてたまったものではないのだが、たかが数か月である

書き換えを行う力「ヌメロン・コード」はベクターがバリアンになる前(おそらく数千年前)から存在していたので、

DTU=数か月 vs DTU= 数千年である。

そんなとんでもない伏線回収を前にすれば、数か月なんか一瞬で吹き飛んでしかるべきである。

あとがき:神の一手

アニメに見るように、「それはどうかな?」から続く逆転の一手は、複線となるDTUが長ければ長いほど輝く。

神の一手は1ターンにしてならず。

DTUを拡大すると、楽しい1日は1週間にしてならず。

そして決闘は人生。人生を考える哲学である。

「それはどうかな?」はDTU学を介して哲学に昇華できる。

エド・フェニックスはここを通って自分の著書を書き上げたと考えられるのである。

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目指せ!万丈目、プロデュエリストへの道!より
高橋和希 スタジオ・ダイス/集英社テレビ東京NAS

【遊戯王Advent Calendar 22日目】決闘者統一理論

この記事は遊戯王Advent Calendar2020という、遊戯王に関するブログリレー企画の記事です。

 

去年に比べ、今年はかなりレベルが高いです。自分の記事が読んでもらえるのか不安になるくらい・・・。その分、読み手としてこの企画を楽しめてもいます!

個人的には「アドカレならでは」の記事が好きで、ここまでだと特にターンUさんの記事がお気に入りです。

turnu.hatenablog.com

 

 昨日は遊戯王ブログナビの管理人でもあるしらこさんの記事が投稿されました。

shirakohj.hatenablog.com

 

普段のしらこさんの記事とは一味違う、まさにアドカレでしか読めない記事で好きです。宇宙犬の画像、めちゃくちゃ気に入ったのであれ待ち受けにしました。

 

 今日の僕の記事は「決闘者統一理論」と銘打っているだけあって、気分を盛り上げるために「だ、である」口調で書いてます。どうぞ楽しんで、そしてお手柔らかにお読みください。

 

 はじめに

 

思うに、「価値観の違い」という言葉は、「価値観の違いを知るのに最も遠い言葉」である。「ぼくとあなたのスタンスが違うね」と言うに留まって「どの程度違うか」に気を向けないため、今後一生それを知ることができない。断絶の言葉である。一歩踏み出せば、一生の友だちになれるかもしれないのに・・・。

 

とはいえ価値観がどの程度違うかを測るには、価値観の違う者同士を測るための「統一された尺度」が必要だ。

遊戯王OCGというコンテンツには、多様な価値観がある。ストイックに勝利を目指すガチプレイヤーがいれば、好きなコンセプトを通したいカジュアルプレイヤーもいる。なかなか共通項を見出せない。

 

同じゲームで遊んでいる以上、全決闘者のスタンスが完全に分かれているとは思えない。事実パワーだけで言えば渡り合えるデッキはある。お互いに、同じ物差しの延長線上にいるはずだ。

決闘者の楽しみ方を統一して測る「ものさし」があれば、真の意味で価値観の違いを知れて、同じ時間を過ごす者同士で楽しみを共有できるはずだ。

 

 

同じ時間・・・時間・・・?

 

 

時間だ!!!

 

 

決闘者全員に流れる時間を使えば、「統一されたものさし」を作るのに使えるのでは?と思い立ち、今回考えたのが「決闘時間単位」である。この指標をもって、決闘者の価値観の違いを「量」として知ることを目指したい。

 

 

決闘時間単位(DTU=Duel Time Unit)

決闘時間単位とは、遊戯王OCGに関係する時間単位のことである。(自分でつけた)(漢字かっこいい)

英語にするとDuel Time Unit(直訳)(英語かっこいい)だが、長いのでDTUと書くことにする。

普通の時間単位は1秒・1分・1時間だが、決闘に関するものさしだから決闘のワードで表すほうがわかりやすい。

ちなみに物理学の世界での統一理論は「力の統一」を目指す理論で、まだ完成していない。

 

DTUと、そのDTUでの遊戯王の楽しみ方の例を以下に挙げる。

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DTUの例
  • カードプレイ

DTUの最小単位。モンスターの召喚・カードの発動など、1回~十数回の、ターンを跨がない長さのプレイにフォーカスした楽しみ方がある。

新規カードのテキストからコンボを開拓するのもこのDTUでの楽しみ方である。

エースの召喚や一撃必殺の超火力という「一瞬の輝き」に力を注ぐデッキであれば、「1プレイを楽しむデッキ」と言える。モリンフェン出すだけデッキとか。

  • ターン

1~数ターン周期のサイクル・ループを組むのが好きな人はこのDTUで遊戯王を楽しんでいる。1ターンで盤面を制圧するデッキは、「その1ターンが命」という意味でこのDTUにフォーカスしたデッキである。

  • デュエル

 1デュエルに勝つことを目標とするデッキは、多かれ少なかれこのスパンで遊戯王を楽しむデッキである。

  • マッチ

 マッチ単位でものを考える競技プレイヤーは、このDTUで楽しんでいる。1デュエルを捨ててマッチ全体で勝ちを取りに行く考え方は、DTU=デュエルだけではできない。

またオフ会でマッチングした人との「数戦のデュエルが楽しかった」も、このDTUでの楽しみである。

  • オフ会・大会

 1日の大会・オフ会などのイベントの楽しみ方。

  • 環境

 1週間~2週間間隔で開催されるCSなどのデッキ分布を見ながらデッキを組み替える、などの楽しみ方がある。

  • 新カード発売

 新弾ごとに新デッキを組む・既存デッキを強化する・新カードの活用・対策を考える・・・など。

  • リミットレギュレーション改訂

 制限になったカードを抜いたり、緩和カードを入れたりする風物詩的な楽しみ方。改訂前の夜は実際タイムラインがざわつく。

  • 特別パック・恒例イベント

 1年スパンで来るお祭りパックやイベントを楽しみにしているなら。このDTUで遊戯王を楽しんでいるといえる。ある意味コミケのマンガもそうだし、遊戯王Advent CalemdarもこのDTUだ。

  • アニメ1本

 だいたい3年で好きなキャラができたり、新しい召喚方法に胸躍らせたりする。このスパンでルールも変わる。

  • ライフワーク

 コレクションとかドラフト・過去環境のミラーマッチなど、不変なものはより長いスパンで楽しめる。

ずっと使い続けている自分だけのデッキがあるなら、それをカスタマイズするのは長い目で見た楽しみ方だ。「Pmanといえばコレ!」って言われたらうれしい。

人生に亘る趣味として遊戯王を楽しむなら、もっと長いスパンで遊戯王を楽しんでいることになる。

 

 

 

 

いろんなDTUで楽しめたら遊戯王は楽しくなる

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株価や為替の値動きでは、「時間足」というチャートがあり、15分を時間単位とした値動きを表したグラフなら「15分足」と呼ばれている。15分足のチャートでは過去数時間の値動きを見ることができる。

15分足のチャートと1日足のチャートを見比べると、値動きの様子が全然違うのがわかる。めっちゃ下がってるかと思いきや、1日足で見れば実は上がる途中、ということも全然ある。逆に1日足だけ見ても15分足の値動きは見えてこない。

 

これは余談だが、株価に限った話ではなく、同じものを測っているのに、基準となる単位の桁が変わると 全く違う変化になることがよくある。その桁で一番強い要素が影響するからである。

ト〇ンプ大統領のTwitterでの発言は15分足では大きな影響だが、1年足で見ればノイズである。

 

 

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アナロジーで、横軸に時間単位であるDTU、遊戯王の楽しさを縦軸にとれば、DTUを使ってこんなかんじのチャートを作れる。

相手の妨害を受けてつまらなくなったターンがあったとしても、横軸の時間単位が違えば楽しくなる途中というわけだ。せっかく楽しいことが待っているかもしれないのに、1ターン目で腐ってたらもったいない。

 「DTU=プレイ」の楽しみ方に加えて「DTU=ターン」の楽しみ方を知れば、楽しくないターンが楽しいデュエルの一部分になる。遊戯王の楽しみ方が広がるのだ。

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逆に大きなDTUでものを捉えることに執心すると、小さな変化に鈍感になりがちである。

「もともと不利対面だから・・・」と目の前のマッチの駆け引きを諦めたり、

「あのカード、いずれ禁止されるからなあ・・・」という思いから使い渋って、使う楽しさを味わう「今の時間」を逃したりといった具合だ。

 

DTUを大きくする向きの「このデュエルに負けても、マッチで勝てたり、相手と対戦を楽しめたらトータルOK」も、小さくする向きの「デュエルは一方的になるけど、パワカ叩きつけて身内同士ゲラゲラ笑いながら遊ぶと楽しい」も、別のDTUで楽しむ例だ。

 

デッキ構築のDTU:自分を知る

「DTUの例」という表にあったように、楽しみ方によってデッキが持つDTUは幅広く変わる。持っているデッキを見て、自分がどんなDTUが得意か表に当てはめてみよう。

オフ会で知らない人と対戦を楽しみやすくするには、いろんなDTUで楽しめるデッキを持つのがいいし、特定のだれかと楽しみたいなら、同じDTUのデッキを持ち込むといい。

 

ところで、Advent Calendar8日目のクベさんは、【採掘】というデッキにおいて興味深いことを書いていた。

「確率の低いコンボなら割り切ってしまおう」 コンボデッキなら必死にルート構築をし、高確率で成功させるのが常だと自分も思います。 しかし、このデッキは違いました…細かいギミックとかを山盛りに入れてその内のどれかが成功すれば満足と言う方針に気づけばシフトしていました。

【遊戯王Advent Calendar8日目】採掘とその歴史【デッキ紹介】 - クベの集積場

コンボ高確率で成功させるルート開拓は、DTU=カードプレイにフォーカスした組み方である。

 1デュエルですべて出さない彼のデッキは、小さなDTUで見ると「安定性がないデッキ」と断じることもできるが、「1戦ごとに違う一面で戦えるデッキ」とも言える。その意味で、コンボデッキでありながら、DTU=マッチの側面を持って同じ相手と

何度やっても飽きなくなったのが【採掘】というデッキだと思う。

 

 

ガチ・ファンのDTU:相手との違いを知る

あまりガチ・ファンみたいな大雑把な括りは好きじゃないが、なじみ深い言葉ではあるのであえてこれを使うことにする。

決闘者が分断されている例でわかりやすいものはガチ・ファン論争だ。

この手の話によくくっついてくる、手札誘発の不快感を手引きにしてみよう。

ファンデッカーがなぜ手札誘発を打たれて不快なのだろうか・・・?いやガチデッカーも手札誘発で動きを止められたら不快だと思うけど・・・。

手札誘発を受けたときに感じる不快感は、その1プレイだけに感じるものだ。「DTU=プレイ」の不快感である。大きなDTUで考えれば、影響を小さくとどめられるかもしれない。ほかに攻め手があればそのターンで巻き返すことはできるし、次のターン(DTU=ターン)に攻め手を用意して最終勝てばいい。大会ならマッチで勝てるように切り替えよう(DTU=マッチ)。やられた経験を活かして、帰ってからデッキを強化するのも楽しみ方の一つである。(DTU=大会・オフ回)

 

コンセプトからして不快感が続くのを回避できないデッキは存在する。【一本槍デッキ】【先攻制圧】デッキだ。勝てる瞬間がその一瞬に限られるデッキは、そこに誘発が飛んで来たら実質デュエルの負けなので、不快感がデュエル中続くことになる。その中でも、大会に持ち込むガチの【先攻制圧デッキ】では、サイドチェンジによって不快感をマッチに持ち込んで昇華できる。

一方カジュアルな対戦をする【一本鎗】ファンデッキの多くは、DTU=マッチを想定しておらず、メインデッキに攻め手を増やしたり対策札を入れる枠がとりにくい。

 

ガチ・ファンに見られる価値観の断絶は、相手と同じDTUで遊戯王を楽しめていないことが原因だ。DTUのミスマッチである。論争を起こすのは「1プレイの不快感で手札誘発を咎める」側で、妨害を受けても、デュエル単位、マッチ単位で取り返そうとする人は、同じDTUで対戦出来ているので長い目で見て感じる不快感は小さい。

DTUの短い側がサイドデッキを組んでDTU=マッチに楽しみ方を広げるだけで、お互いに楽しめるようになる。

 

 

少し余談を挟む。ファン同士の対戦であれば、デッキタイプの豊富さのせいでお互いスかされて不幸にゲームが終わることもなおさら多くなるから、むしろカジュアル対戦でこそサイドチェンジが輝きそうに思う。サイドボードを組むには自分のデッキの苦手を知る必要があるので、対戦するデッキへの理解が深まる。サイドチェンジの時に抜くカードを決めるとデッキの無駄が見え、メインデッキをブラッシュアップするきっかけになる。サイドに第2の戦術を仕込んで2戦目で全く違うデッキとして戦うのも面白そうだ。

カジュアルでサイドチェンジ、やろう!

 

DTU(決闘時間単位)をDUT(決闘者統一理論)へ:・・・は今後、また

自分はどのDTUを中心に遊戯王を楽しんでいるか、どこまでの範囲の楽しみ方を知っているか、どこかのDTUだけに囚われていないか・・・等を、今一度自分に問うてみてほしい。

 

DTUの幅が広がるほど、一緒に楽しめる仲間が増え(やすくなり)、より遊戯王を楽しめる(可能性が高まる)のである。DTUが全範囲にわたる決闘者は、理論上全次元の人類と遊べる。あと楽しむのに必要なのは、実際に遊んでみることだけだ。

 

少し哲学的な話になってしまったが、自分の遊戯王へのスタンスを考えることは、どう生きるかという問いの縮図である。

遊戯王は人生。

 

今持っている「楽しめるDTUの範囲」が自分の遊戯王における価値観の範囲である。対戦相手と遊戯王を楽しめたなら、価値観の一部を共有できたことになる。共有できた価値観の幅が広いほど、その人と価値観が近いということだ。

DTUが、価値観の幅や、人の価値観との距離を測る指標の役割を果たすのである。

その意味でDTUは、決闘者を統一する理論(Duelist  Unified Theory)を作る際、その根幹を担ってくれると予想する。

 

 

一番遊戯王を楽しめるのは

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長生きすればそれだけ楽しめる

 

コロナ禍でオフでの対戦環境が減った今、今一番遊戯王を楽しんでいるのは、変わらず遊戯王で遊んでいる人だと思う。コンスタントに対戦する仲間がいる人そもそもだが、今まで述べてきた楽しみ方は「たくさんの対戦を経て」知ることができるものばかりだ。

1戦やれば1デュエル、また来週やれば1週間、来年やれば1年もの間遊戯王を楽しめる。

決闘すれば、楽しみ方が広がる。決闘すればするほど、遊戯王は楽しくなる!

 という記事を今年書きました

【まい投2020-26日目】デッキ構築は対戦から - ColumPus

できるなら、10年後も20年後も遊戯王で遊べるくらい盛り上がってたらいいなぁ。

 

物理学の統一理論よろしく、「決闘者統一理論」はその存在を予言するにとどまった。続きは、後発の理論決闘物理学者が組み立ててくれることを願う。

 

以上、簡単にまとめると

  1. DTUを知ろう!自分の価値観をDTUに置きなおしてみよう!
  2. DTUを広げよう!遊べる仲間が意外と近くにいるかも!
  3. そのためにはいっぱいデュエルしよう!遊べば遊ぶほど楽しい!

でした。

 


 

 

 

 

 明日23日はシンヤさんの担当です。

普段はシャドウバースの記事を書かれていますが、過去には大会に出られていた遊戯王プレイヤーで、ドラフトにも造詣が深いと聞いています。シンヤさんから見た今の遊戯王の記事、楽しみです!

note.com

遊戯王AdventCalendarの過去記事&記事一覧は

Adventarと

adventar.org

遊戯王ブログナビの「特集」ページからご覧になれます!

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まいにち投稿2020について雑感

今年のまいにち投稿が83日目でおわった。日々思いついたことを書くスタンスで書いてきたところ、こんなに長くなってしまった。
「ねるまでに投稿をする」「内容は無くてもいいしなんでもいい」「投稿できなかったらできなかった記事を書く」くらいの縛りで1か月間続けばいいなと思って始めたわけだが、書きたいことが尽きなかったためズルズルと続いてしまった。内容がなくなったりルールを破ってしまった日は、体力的・精神的に余裕がなかった日である。最近生活につらみがあふれているのを記事の投稿状況によって再確認している。


今年のまいにち投稿の最初の記事は『「書く」欲求の燃料』。どうやら自分は「なりたい自分になってほしい」という思いで書いているようで、今年は自分を含めたそういう人のためになればと思って記事を書き始めたのであった。


パチパチパチちょこコーラを食べながら書いていたのが
プラネタリウムの世界観だ。プラネタリウムのようなドーム状の視界を持っていて、物自体の一側面を切り取った画像を目に入れているに過ぎない、という認識方法である。
世に出ている認識論からは色んな話の展開ができるわけだが、ドームの空間内にいる「自分自身="わたし"」の判断と「自分だけど"わたし"じゃない別の存在」の判断が混在しており、それらを取り違えてしまうと苦しい、という方向で話を進めた。
この話、まいにち投稿開始前からうっすらと構想があった。やっと形にできたうれしさの中で食べたチーズチーズチーズは最高だった。

"わたし"自身の判断は「経験」に根差した判断だと考えた記事が天と地の違いだ。
逆に経験とつながりのない知識や、経験が薄まった高度な知識をもとにした判断ほどわたし以外のものに判断を預けてしまう=囚われることになる。このごろ食べたのがイタリアンプリンアイスバーだった。

とはいえ、囚われること自体は第一義的には善悪の価値はない。
"わたし"をかなぐり捨てて視界を覆い隠してもらうあいだ、方法論的に囚われることは救いともできるのである。
自分を囚える存在の一つとして、好奇心を例に挙げた。
無限の好奇心が自分を支配する限り、新たなものに目移りし続ける欲に囚われ続ける。欲である以上ものすごいエネルギーにもなるが、同時に理性たる"わたし"とバッティングしたときに苦しみを負うことになる。
僕の記事では結構好奇心を悪者扱いしていて、好奇心が焦燥感を連れてくるとか好奇心と空気分子などこれがまいにち投稿のメインテーマになるくらい書きまくっているが、あくまでも苦しみを負う人が好奇心を一度手元に置いてみてはどうかな、という意図であって、それ自身の威力や効用を否定するつもりはない。

"わたし"の経験に根差した判断のあるところに自分の存在が現れるのだとしたら、経験の場所が変われば自分は別ものの存在として現れることができる。話題のバーチャル存在でもそうだし、わたしたちも日常的に「SNSの複アカのツイートの違い」で体感していることである。父親であり上司であり部下で、高校のOBの男性がいたとして、その立場によって振る舞いを変えるのは存在が現れる場がそれぞれ違うからで、別の世界にログインしていることに喩えられる。これを人生複アカ理論としたのであった。
ここから「バーチャルな現存在」や「単なる方法論としての哲学」「アイデンティティ」などというテーマに派生させていく予定だった。そしてついにあふれるチーズのチーズドッグを最後にガス欠みたいな感じでまいにち投稿2020が終了した。


息抜き記事も(食レポ以外)特になく硬い文章で押し通したのは去年までにない試みだった。哲学書を読み始めた時期でもあったので、未完成ながらもそれをかみ砕きながら自分の人生に投影して書いていた節はある。何者かに何となく強制される感覚で生きていたところから、主観としての″わたし″を取り戻せたり、好奇心の悪い一側面を発見できたことは自分の人生の中でも大事件だった。
内容としてはかーーーーーなりとっつきにくいのにひどく拙い記事の数々だなあと我ながら思いはするけれども、個人的には実りの多い83日間だったと思う。
また、はてなスターとかTwitterのいいねRTをくれた方々に元気づけられたおかげで継続できた面も大きいと思う。ありがとうございました。
いまからでもとてもうれしいのでスターとかコメントとかリプとか引用RTとかDMとかください


12月に「遊戯王AdventCalendar」というブログリレー企画に参加するので、来月はそのための記事をゆっくり書いていこうと思っている。書く側としてもだが、読み手としてもいろんな遊戯王に触れられて楽しい企画なのでお楽しみに!!
主催者の刺身さんによる企画概要
sashimimihsas.hatenablog.com

【まい投2020-82日目】あふれるチーズのチーズドッグ【セブンイレブン商品紹介】

声に出して読みたい日本語の一つに加えたい。

あふれるチーズのチーズドッグ」。 

「チーズの入ったチリドッグ」みたいな、申し訳程度に一応チーズ入ってますよ~ではなく、妥協せずにチーズを盛りまくった正真正銘のチーズドッグである。多すぎて既定の加熱時間では一部チーズが融けきらないほどであった。

あふれるチーズのチーズドッグ |セブン‐イレブン~近くて便利~

 

 

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味の強いチェダーチーズ・さわやかなゴーダチーズ・弾力のあるモッツァレラチーズが融けあって口に流れ込んでくる。チーズを食べているのにチーズにおぼれそうになる。

ここまでやるかと思うほどの圧倒的なボリュームのチーズに、アクセントとして香りの強いパルメザンチーズが後を引く。というかずっと残る。パルメザンチーズだけ30分くらいにおいが残った。

 

チーズ以外の要素を説明するのも野暮なほどにストイックにチーズを味わえた。

 夏ごろ売られていた「チーズチーズチーズ」の正統進化と言える出来である。

crowingspear.hatenablog.com

 

この「あふれるチーズのチーズドッグ」、なんと503kcalである。進化前の「チーズチーズチーズ」が524kcalだったので、21kcalのカロリーオフに成功しているのだ。「あふれるチーズのチーズドッグ」を100個食べれば、2100kcalものカロリーを控えられる。これは成人男性の1日分の摂取カロリーに相当する。「あふれるチーズのチーズドッグ」を余計に4つ食べられる計算だ。

チーズ感を増しながら健康にも配慮する、セブンイレブンの企業努力には脱帽である。

 

 

 

【まい投2020-81日目】「思うを使うな」という呪い

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『「〜だと思う」を使ってはいけない』という漠然とした強迫観念めいたものを持っていた。

思う・感じるを使うと「文章や口に出して何かを伝えるときにわかりづらくなるから断定の『〜だ』を使え」と学校でよく教えられると聞くし、僕もそう聞いた。実際「Aだ」「私は『Aだ』と思う」を比べると後者は文章が入れ子構造になっていて情報量が多いし、どこにフォーカスを置くかで意味がブレるのは確かなことである。実際のところ「思う」ときは「思う」ので、「思う」しか書けないじゃんと感じているし、ブログ記事を書くことが増えてきたここ数年で、罪悪感がやっと薄れてきたところである。

 

「意見と事実を分けて考えなさい」とよく聞く。「思う」は「意見」にもなり「事実」にもなるところが聞く側にとって厄介なところなのだ。

  • 「考える」に似た意見の「思う」

「思う」に対する英語の対訳として「think」があり、そこに「考えを述べる」という動作が付随するごとく、判断を介した自分の意見という意味である。意味としても「考える」に近い。

その「思う内容」を組み立てるのは各人の論理だったり、感覚とか感情に引っ張られながらこねくり回した一連の言葉の数々だったりする。こうした中で発生した心とか精神の動きを、自分なりのに組み立てた言葉を紡いで述べることで意見が伝えられる。意見そのものは主観的な感覚から述べたものでも、客観的な論理に沿ったものでも「意見」として成立はする。

感情というわたしたちの内部で発生する刺激が感覚器官にはたらいた結果、後者の「思われる」的な意味になることもある。

 

  • 「〜に思われる」という「自発」の「思う」

物自体を認識した印象を直接言い表すほうの「思う」である。受動態で使われることが多い。英語で言うと「seem」が該当する。「〜に見える」see「〜に聞こえる」hear「〜に感じる」feelみたいな知覚動詞と同じように、感覚器官で受容した情報をそのまま伝えているイメージだ。それはある意味で強弱で計れる意味で数字のような客観性があり、「事実」に近い伝え方ができる。主観的な事実と言える。

この「思われる」は、「感じ」はするけど私の判断はそうとは限らないというニュアンスが可能なように、まだ自分の判断を介さず、頭で噛み砕いていないないことを示唆している。

 

「考える」は、主観的意見or客観的意見で、

「思われる」は主観的事実とまとめられる。

本来の意味で断定「〜だ」を使えるのは「客観的事実」だけである。

『「思う」を使うな』は、意見として使われる前者の「思う」に対して向けられているのだろう。

評論文のライティングなどでは、単純明快に意見を書くために入れ子構造みたいな複雑な文を嫌う。要は、単にそのほうが伝わりやすいよ、という方法論としての「使うな」なのである。

 

後者は自分の感覚で、もとより「判断を介した意見」ではなく、感覚から判断を練り上げるためのものである。

「使うな」が漠然と心に残った僕のような人がいたとすると、主観的事実の「思う」が取り去られて「自分の感覚」を素材にして「判断」を練り上げる力が失われる。「判断」から自分の感覚が断絶されると、判断材料が真に客観的な情報しか無くなってしまう。「〜したいと思う」とか「〜が好きだ」ではなく、「〜が正しい」「〜が多い」「〜が好ましいと言われている」みたいな客観的事実でしか判断を練り上げられなくなる。

こうして練り上げられた自分の感覚を介さない「客観的判断」と言えるモノが、自分の感覚を介さない「客観的意見」を作り上げる。

こうして「僕は思わないけど、自分の判断はコレ」が成立する。それって誰の判断なの?

 

自分の感覚を断ち切った判断を意見に織り交ぜること自体は、方法論として優れているとは思うし、大昔から学問の一大テーマとして偉大な人々が研究してきたことだ。

僕の場合、漠然とした「使うな」がこびりついたままになったので、まさに「僕は思わないけど〜」状態に陥り、客観的な判断をこねくり回すばかりになってしまった。自分の感覚から意見を作れなくなったので、客観的意見と矛盾して行き場を失った「好き」「嫌だ」「助けて」が、底の方に溜まっていたのだと思う。

泣くのはみっともない」から泣かないし、「しっかりしないといけないからしっかりする。

 

曲解に曲解を重ねた「思うを使うな」は「思うな」に変わり、自分を縛る呪いになっていたように思われる。