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増長と醜さ【読書感想文】

醜さというものは思うに、こちらへ増大して迫ってくる恐ろしさのことである。
醜い存在は視界の中で強調されるがそれが恐ろしいと思うのは、その存在が増大してこちらへ近づいてくることを意識してしまうからである。
「その意味で、立華高校マーチングバンドにおいて、佐々木梓という女ほど醜い存在はいない。」

「佐々木梓の人並外れた努力は、彼女自身の底のない増長欲がなすものである。」
努力というものはその人自身を成長させるが、他人の領域を侵食することもある。ハコの容積が限られた学校のような閉鎖的な空間では顕著だ。
実力と才能が同一視される3年というごく短い時間において、才能を持つ者がさらに存在を拡大し続けようとするとどうなるか。
拡大スピードで劣る者、拡大途中にある者にとって、一生と同じ意味を持つ3年間で伸びてゆくはずの空が覆いつくされた状態である。
残念ながら、努力が当然のことと思う者にとって、雲の下で押しつぶされる者は眼中にない。

「彼女が芹菜やあみかに対して行った支配も同様に、増長欲がなすものである。」
他人と対等な関係を築くには、相手との線引きが大事になる。相手と自分の間に引かれた中線が動かぬようにし続けなければならない。
自分から平気で線を踏み越える一方で、勝手にも捨て去っていこうとする行動には、対等な関係を築こうとする意図はない。
ただ線を相手側に動かし、自分の領域を広げるためのものであり、忌まわしき上っ面の友情である。
だからこそ、それ以上拡大するのに障害が生まれた瞬間に拡大を止めるという行動に至るのである。

エゴの底から意識のすぐ内側まで増長欲で満たされたこの存在は、全方位の人間へ「増大して迫ってくる恐怖」を与えている。
「佐々木梓はマーチングバンド部内において、無限に増長を欲する祟り神のような存在である。」
本人が気づかない限り、その醜さに歯止めが利くことはない。