【遊戯王Advent Calendar 22日目】決闘者統一理論
去年に比べ、今年はかなりレベルが高いです。自分の記事が読んでもらえるのか不安になるくらい・・・。その分、読み手としてこの企画を楽しめてもいます!
個人的には「アドカレならでは」の記事が好きで、ここまでだと特にターンUさんの記事がお気に入りです。
昨日は遊戯王ブログナビの管理人でもあるしらこさんの記事が投稿されました。
普段のしらこさんの記事とは一味違う、まさにアドカレでしか読めない記事で好きです。宇宙犬の画像、めちゃくちゃ気に入ったのであれ待ち受けにしました。
今日の僕の記事は「決闘者統一理論」と銘打っているだけあって、気分を盛り上げるために「だ、である」口調で書いてます。どうぞ楽しんで、そしてお手柔らかにお読みください。
はじめに
思うに、「価値観の違い」という言葉は、「価値観の違いを知るのに最も遠い言葉」である。「ぼくとあなたのスタンスが違うね」と言うに留まって「どの程度違うか」に気を向けないため、今後一生それを知ることができない。断絶の言葉である。一歩踏み出せば、一生の友だちになれるかもしれないのに・・・。
とはいえ価値観がどの程度違うかを測るには、価値観の違う者同士を測るための「統一された尺度」が必要だ。
遊戯王OCGというコンテンツには、多様な価値観がある。ストイックに勝利を目指すガチプレイヤーがいれば、好きなコンセプトを通したいカジュアルプレイヤーもいる。なかなか共通項を見出せない。
同じゲームで遊んでいる以上、全決闘者のスタンスが完全に分かれているとは思えない。事実パワーだけで言えば渡り合えるデッキはある。お互いに、同じ物差しの延長線上にいるはずだ。
決闘者の楽しみ方を統一して測る「ものさし」があれば、真の意味で価値観の違いを知れて、同じ時間を過ごす者同士で楽しみを共有できるはずだ。
同じ時間・・・時間・・・?
時間だ!!!
決闘者全員に流れる時間を使えば、「統一されたものさし」を作るのに使えるのでは?と思い立ち、今回考えたのが「決闘時間単位」である。この指標をもって、決闘者の価値観の違いを「量」として知ることを目指したい。
決闘時間単位(DTU=Duel Time Unit)
決闘時間単位とは、遊戯王OCGに関係する時間単位のことである。(自分でつけた)(漢字かっこいい)
英語にするとDuel Time Unit(直訳)(英語かっこいい)だが、長いのでDTUと書くことにする。
普通の時間単位は1秒・1分・1時間だが、決闘に関するものさしだから決闘のワードで表すほうがわかりやすい。
ちなみに物理学の世界での統一理論は「力の統一」を目指す理論で、まだ完成していない。
DTUと、そのDTUでの遊戯王の楽しみ方の例を以下に挙げる。
- カードプレイ
DTUの最小単位。モンスターの召喚・カードの発動など、1回~十数回の、ターンを跨がない長さのプレイにフォーカスした楽しみ方がある。
新規カードのテキストからコンボを開拓するのもこのDTUでの楽しみ方である。
エースの召喚や一撃必殺の超火力という「一瞬の輝き」に力を注ぐデッキであれば、「1プレイを楽しむデッキ」と言える。モリンフェン出すだけデッキとか。
- ターン
1~数ターン周期のサイクル・ループを組むのが好きな人はこのDTUで遊戯王を楽しんでいる。1ターンで盤面を制圧するデッキは、「その1ターンが命」という意味でこのDTUにフォーカスしたデッキである。
- デュエル
- マッチ
またオフ会でマッチングした人との「数戦のデュエルが楽しかった」も、このDTUでの楽しみである。
- オフ会・大会
- 環境
- 新カード発売
- リミットレギュレーション改訂
- 特別パック・恒例イベント
- アニメ1本
- ライフワーク
コレクションとかドラフト・過去環境のミラーマッチなど、不変なものはより長いスパンで楽しめる。
ずっと使い続けている自分だけのデッキがあるなら、それをカスタマイズするのは長い目で見た楽しみ方だ。「Pmanといえばコレ!」って言われたらうれしい。
人生に亘る趣味として遊戯王を楽しむなら、もっと長いスパンで遊戯王を楽しんでいることになる。
#遊戯王AC
— ぴーまん(Pman) (@crowingspear) 2020年12月9日
将来結婚とか子どもが生まれたりで生活環境変わったとき、「子どもの遊びの延長」を卒業しなきゃなと思う人が現状大半だと思うけど、
仕事の後輩にゴルフと同じノリで「週末は遊戯王やる」言えたらなと思う
最近公式もそんな売り方始めたから、もっと盛り上がって欲しい
いろんなDTUで楽しめたら遊戯王は楽しくなる
株価や為替の値動きでは、「時間足」というチャートがあり、15分を時間単位とした値動きを表したグラフなら「15分足」と呼ばれている。15分足のチャートでは過去数時間の値動きを見ることができる。
15分足のチャートと1日足のチャートを見比べると、値動きの様子が全然違うのがわかる。めっちゃ下がってるかと思いきや、1日足で見れば実は上がる途中、ということも全然ある。逆に1日足だけ見ても15分足の値動きは見えてこない。
これは余談だが、株価に限った話ではなく、同じものを測っているのに、基準となる単位の桁が変わると 全く違う変化になることがよくある。その桁で一番強い要素が影響するからである。
ト〇ンプ大統領のTwitterでの発言は15分足では大きな影響だが、1年足で見ればノイズである。
アナロジーで、横軸に時間単位であるDTU、遊戯王の楽しさを縦軸にとれば、DTUを使ってこんなかんじのチャートを作れる。
相手の妨害を受けてつまらなくなったターンがあったとしても、横軸の時間単位が違えば楽しくなる途中というわけだ。せっかく楽しいことが待っているかもしれないのに、1ターン目で腐ってたらもったいない。
「DTU=プレイ」の楽しみ方に加えて「DTU=ターン」の楽しみ方を知れば、楽しくないターンが楽しいデュエルの一部分になる。遊戯王の楽しみ方が広がるのだ。
逆に大きなDTUでものを捉えることに執心すると、小さな変化に鈍感になりがちである。
「もともと不利対面だから・・・」と目の前のマッチの駆け引きを諦めたり、
「あのカード、いずれ禁止されるからなあ・・・」という思いから使い渋って、使う楽しさを味わう「今の時間」を逃したりといった具合だ。
DTUを大きくする向きの「このデュエルに負けても、マッチで勝てたり、相手と対戦を楽しめたらトータルOK」も、小さくする向きの「デュエルは一方的になるけど、パワカ叩きつけて身内同士ゲラゲラ笑いながら遊ぶと楽しい」も、別のDTUで楽しむ例だ。
デッキ構築のDTU:自分を知る
「DTUの例」という表にあったように、楽しみ方によってデッキが持つDTUは幅広く変わる。持っているデッキを見て、自分がどんなDTUが得意か表に当てはめてみよう。
オフ会で知らない人と対戦を楽しみやすくするには、いろんなDTUで楽しめるデッキを持つのがいいし、特定のだれかと楽しみたいなら、同じDTUのデッキを持ち込むといい。
ところで、Advent Calendar8日目のクベさんは、【採掘】というデッキにおいて興味深いことを書いていた。
「確率の低いコンボなら割り切ってしまおう」 コンボデッキなら必死にルート構築をし、高確率で成功させるのが常だと自分も思います。 しかし、このデッキは違いました…細かいギミックとかを山盛りに入れてその内のどれかが成功すれば満足と言う方針に気づけばシフトしていました。
【遊戯王Advent Calendar8日目】採掘とその歴史【デッキ紹介】 - クベの集積場
コンボ高確率で成功させるルート開拓は、DTU=カードプレイにフォーカスした組み方である。
1デュエルですべて出さない彼のデッキは、小さなDTUで見ると「安定性がないデッキ」と断じることもできるが、「1戦ごとに違う一面で戦えるデッキ」とも言える。その意味で、コンボデッキでありながら、DTU=マッチの側面を持って同じ相手と
何度やっても飽きなくなったのが【採掘】というデッキだと思う。
ガチ・ファンのDTU:相手との違いを知る
あまりガチ・ファンみたいな大雑把な括りは好きじゃないが、なじみ深い言葉ではあるのであえてこれを使うことにする。
決闘者が分断されている例でわかりやすいものはガチ・ファン論争だ。
この手の話によくくっついてくる、手札誘発の不快感を手引きにしてみよう。
ファンデッカーがなぜ手札誘発を打たれて不快なのだろうか・・・?いやガチデッカーも手札誘発で動きを止められたら不快だと思うけど・・・。
手札誘発を受けたときに感じる不快感は、その1プレイだけに感じるものだ。「DTU=プレイ」の不快感である。大きなDTUで考えれば、影響を小さくとどめられるかもしれない。ほかに攻め手があればそのターンで巻き返すことはできるし、次のターン(DTU=ターン)に攻め手を用意して最終勝てばいい。大会ならマッチで勝てるように切り替えよう(DTU=マッチ)。やられた経験を活かして、帰ってからデッキを強化するのも楽しみ方の一つである。(DTU=大会・オフ回)
コンセプトからして不快感が続くのを回避できないデッキは存在する。【一本槍デッキ】【先攻制圧】デッキだ。勝てる瞬間がその一瞬に限られるデッキは、そこに誘発が飛んで来たら実質デュエルの負けなので、不快感がデュエル中続くことになる。その中でも、大会に持ち込むガチの【先攻制圧デッキ】では、サイドチェンジによって不快感をマッチに持ち込んで昇華できる。
一方カジュアルな対戦をする【一本鎗】ファンデッキの多くは、DTU=マッチを想定しておらず、メインデッキに攻め手を増やしたり対策札を入れる枠がとりにくい。
ガチ・ファンに見られる価値観の断絶は、相手と同じDTUで遊戯王を楽しめていないことが原因だ。DTUのミスマッチである。論争を起こすのは「1プレイの不快感で手札誘発を咎める」側で、妨害を受けても、デュエル単位、マッチ単位で取り返そうとする人は、同じDTUで対戦出来ているので長い目で見て感じる不快感は小さい。
DTUの短い側がサイドデッキを組んでDTU=マッチに楽しみ方を広げるだけで、お互いに楽しめるようになる。
少し余談を挟む。ファン同士の対戦であれば、デッキタイプの豊富さのせいでお互いスかされて不幸にゲームが終わることもなおさら多くなるから、むしろカジュアル対戦でこそサイドチェンジが輝きそうに思う。サイドボードを組むには自分のデッキの苦手を知る必要があるので、対戦するデッキへの理解が深まる。サイドチェンジの時に抜くカードを決めるとデッキの無駄が見え、メインデッキをブラッシュアップするきっかけになる。サイドに第2の戦術を仕込んで2戦目で全く違うデッキとして戦うのも面白そうだ。
カジュアルでサイドチェンジ、やろう!
DTU(決闘時間単位)をDUT(決闘者統一理論)へ:・・・は今後、また
自分はどのDTUを中心に遊戯王を楽しんでいるか、どこまでの範囲の楽しみ方を知っているか、どこかのDTUだけに囚われていないか・・・等を、今一度自分に問うてみてほしい。
DTUの幅が広がるほど、一緒に楽しめる仲間が増え(やすくなり)、より遊戯王を楽しめる(可能性が高まる)のである。DTUが全範囲にわたる決闘者は、理論上全次元の人類と遊べる。あと楽しむのに必要なのは、実際に遊んでみることだけだ。
少し哲学的な話になってしまったが、自分の遊戯王へのスタンスを考えることは、どう生きるかという問いの縮図である。
遊戯王は人生。
今持っている「楽しめるDTUの範囲」が自分の遊戯王における価値観の範囲である。対戦相手と遊戯王を楽しめたなら、価値観の一部を共有できたことになる。共有できた価値観の幅が広いほど、その人と価値観が近いということだ。
DTUが、価値観の幅や、人の価値観との距離を測る指標の役割を果たすのである。
その意味でDTUは、決闘者を統一する理論(Duelist Unified Theory)を作る際、その根幹を担ってくれると予想する。
一番遊戯王を楽しめるのは
コロナ禍でオフでの対戦環境が減った今、今一番遊戯王を楽しんでいるのは、変わらず遊戯王で遊んでいる人だと思う。コンスタントに対戦する仲間がいる人そもそもだが、今まで述べてきた楽しみ方は「たくさんの対戦を経て」知ることができるものばかりだ。
1戦やれば1デュエル、また来週やれば1週間、来年やれば1年もの間遊戯王を楽しめる。
決闘すれば、楽しみ方が広がる。決闘すればするほど、遊戯王は楽しくなる!
という記事を今年書きました
【まい投2020-26日目】デッキ構築は対戦から - ColumPus
できるなら、10年後も20年後も遊戯王で遊べるくらい盛り上がってたらいいなぁ。
物理学の統一理論よろしく、「決闘者統一理論」はその存在を予言するにとどまった。続きは、後発の理論決闘物理学者が組み立ててくれることを願う。
以上、簡単にまとめると
- DTUを知ろう!自分の価値観をDTUに置きなおしてみよう!
- DTUを広げよう!遊べる仲間が意外と近くにいるかも!
- そのためにはいっぱいデュエルしよう!遊べば遊ぶほど楽しい!
でした。
明日23日はシンヤさんの担当です。
普段はシャドウバースの記事を書かれていますが、過去には大会に出られていた遊戯王プレイヤーで、ドラフトにも造詣が深いと聞いています。シンヤさんから見た今の遊戯王の記事、楽しみです!
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